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育児放棄と向き合う−3 〜全ては自分が引き寄せてる〜

「アダマのアクセス」
http://dilill.jugem.jp/?eid=372
のつづき

瞑想中に寝てしまったあと、体全体にしびれを感じ、さらにしばらく瞑想をした。
また意識が遠くなりながらも、でかける準備をした。
今日は、大阪でスピカフェを開催するのだった。
今回のスピカフェは、ラブスピースの男性陣の共同で行われる。
僕の他には龍さんと全ちゃんだ。

○dozen/Ryu − Dragon Diary〜Ripe Of Source/dozen〜
http://dragon-and-lotus.seesaa.net/
○全
− 見つめる「わたし」−
http://blog.livedoor.jp/ta_manori11/

今回のスピカフェをきっかけにmixiコミュ内でコミュを立ちあげた。
⇒ Men's Style / Love Spiritual Peace Commumity
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2600090


今回は残念ながら参加者がいなかった。
蓮ちゃんとmapが他のお店に行っている間に残りのみんなでカフェに入る。
○dozen/Ren − Lotus Diary〜Ripe Of Source/dozen〜
http://ryu-and-ren.seesaa.net/
○map
− Harmony  〜調和〜
http://thunderbird78.seesaa.net/

カフェでは龍さんを中心にラブスピースを土壌に今後、いかにスピリチュアルで生きていくかで盛り上がった。
その場にいたのは、Men's Styleメンバーと空。
○空 − ひらりん
http://soranosanpo.blog.shinobi.jp/Entry/85/

話の内容は、Men's
Styleコミュの今後の展開や、自分たちで主催するスピカフェ、さらに自分でレッスンを受け持ち活動することまで。
一環しているのは「自分を知り、愛する」ことによる真実の拡大をいかにスムーズに行うかだった。

しかし、僕は話しをしながらも体はこわばっていた。
特に自分主催のレッスンを行う話しに恐れを感じていた。
沢山の見知らぬ人を前に話すこと。特にそれが恐かった。

このような話しは、dozenや京都移住者の間では日常的に行われていることだったが、今日は特に抵抗(恐れ)が強かった。
(イニシエーションの後には、このような不要となったものが浮上しやすい。これも内なる本来の自己が引き寄せたもの)

口数が少なくなり、気分も落ちていった。


夜、自宅に戻ってくる頃には、気分が悪くなってご飯を食べる気も起きなかった。
あまりの気分の悪さに横になった。


横になりながら、かなり改善されたと思っていた、対人恐怖の癖が浮上しているを感じていた。
それはそう思っていただけ、スルーしていただけで僕の内ではしっかり残っていた。

京都に移住して初めて受けた面接でも、数日前からそれを受ける恐れでとても緊張した。
なんの恐れかはずっと分からなかったが、実際に面接を受けて自覚した。

そうして、思い返すと学生時代の就職活動の時も、面接を受けること自体がまるで裁判にかけられるかのように思えた。
そして、不採用になることが自分の全人格を否定されるがごとく思えた。
今思えば小学生の頃からも顕著に現れていて、「自分であること」「自分を表現すること」が恐くてしようがなかった。

それが無いように勘違いしていたのは、あるがままの自分や自分の内を見ない環境や人を自分が引き寄せ、好んで居続けたからだ。

自分の過去を振り返りながら、どんどん気分は悪くなっていった。

そんな自分や状態にうんざりしながら、このような自分になった原因を探っていた。

人との関係でネガティブな想いになった最も古い記憶は、幼稚園の時になんのきっかけもなく仲間外れになったことだった。
それから落ち着きのない子供になり、小学生の頃には学級会議で「もっちがしゃべりすぎることについて」と議題にあがるほど・・・。
いじめをしていたし、いじめをされていたし、僕にとって学校は心のやすまらない空間だった。

このようなことを考えながら、突き詰めれば自分が育児放棄にあったことが人間嫌い、対人恐怖の原因では無かろうかと思えた。
最も最初にもつ人間関係は母との関係であり、その時にありのままの自分が受け入れられなかった。
その時の恐れや怒りが元になって、人に対する感情、意識が写し鏡となって、他人を通して見せられた。
だから、幼稚園の時に仲間外れになったは、まわりのみんなは僕の内を感じて、遠ざかった。
いじめたのは、僕の内で自身を攻撃していることへの反撃であり、いじめられたのは、自身に攻撃をしているという外の反映(具現)であり。
これまで体験してきた、ネガティブなこといっさいがっさいは全て自分で引き寄せたことなのだと、僕は必死で受け入れた。受け入れざるをえなかった。

全ては自分が引き寄せたこと。

そうして事の発端となった育児放棄についてもう一度深めてみた。

参考>
育児放棄と向き合う−1
http://dilill.jugem.jp/?eid=377
育児放棄と向き合う−2
 〜男性性のBirthday〜
http://dilill.jugem.jp/?eid=378

育児放棄だっと思った件は、僕が拒否されたと信じこみ続けただけで、ちゃんと母の愛はあった。
その育児放棄の原因は、僕が四六時中泣き続けたこと。

なぜ両親が精神的にまいるぐらいに泣き続けたのか。
昔、母から僕が生まれる時にむりやり引きずり出されたと聞かされたことがあった。
もしそれが事実だとしても、それも必然で。
今、こうしてラブスピースで探求者として歩んでいることを考えれば、僕が、スピリットが望んでそうしたこと。
僕が望んで泣き続け、育児放棄されるように仕組んだ。
そこから混乱の人生がはじまったけれど、この人生は親や学校や会社や人によって混乱したのではなく、全て自分が好んで引き寄せたことだった。

僕はこじつけでなく、真から腑に落ちた。
あの場面も、この場面も全てひっくるめて人生まるごと引き寄せたのだと。

そうすると、気分が悪すぎて布団にうずくまっていたのからも解放され、すっきりした。


数日後、この件を蓮ちゃんに話しした。
そうすると蓮ちゃんは、
「もっちは、今までのこと全て自分が引き寄せたと認めたんやんな?
で、その経験から得たギフトってなんやった?」
(実際にはこのように話していないが、いわんとすることはこのようなことだった)

「人に対して優しくなった。
ちょっとしたことが嬉しく感じられる。
他のみんなにこのような体験を話せること。
このようにラブスピースにきて、蓮ちゃんや龍さんやみんなと出会えたこと。」
僕はそう言った。


今回の気づきで僕の人への恐れが完全に消えたわけではない。
それは癖になっていることもあるが、思い込みやはき違いも多くあると思う。
だからその都度、愛の視点で切り替えることが大切だと思った。
その為には、ラブスピースに触れたり、愛の視点に関する本(コース本)などから愛の視点を吸収し、実際に体験して実践することだと思った。
これ自体もラブスピースで教わったことだけど^^


※コース本とは
A Course in Miracles
http://dozen.seesaa.net/article/17234757.html
もっち * 探求日記 * 22:52 * comments(0) * -

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