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抜粋 - 楽しいお金(3)

P86 慢性的にお金に困っている人の場合

 それでは、一番目の慢性的にお金がなくて困っている人、またはないと思っている人の場合を考えてみることにします。まず、実際はあるのに他人と比べるために「ない」と思う人は、3章で述べたように、それはある種の心の病気ですから、その病気を治すまでは、どれだけの収入を得ても、やはり「ない」と悩むことになります。ここでは、実際にお金がどうも必要なだけ自分に入ってこないと思っている人の場合を取りあげてみます。これにも実際には多くの場合があると思いますが、ごく一般的な例を書いてみましょう。

 まず、慢性的にお金がない人の一番大きな問題は、やはりお金がないことそれ自体というよりも、そのことによって、あらゆることに不平、不満、文句、愚痴がたまり、とても惨めな気持ちになっていることです。不平、不満、文句には、建設的で肯定的なものもありますが、聞くことです。また、知り合いの人で、生活必需品も買えないと言いながら、給料のかなりをパチンコですってしまう人もいました。最近聞いたことですが、ある若い女性が「今のままでは誰にも愛されない」ので、整形手術をして美しくなるためにかなりのお金を使ったのに、何度手術しても望むような美しさになれないと嘆いているという話でした。私がそういう人たちを見て思うことは、自分のニセの欲求に騙されて、自分にとって真に必要なものや真に喜びをもたらすものをわかっていないということです。だから、お金に関しても満足することができないのではないでしょうか。

 また、お金がないと嘆く人たちは、「自分にはない」から「他人から取る」、「他人からもらう」という発想をする場合が多く、逆に自分が他人に与えるものは、不平、不満、文句、愚痴という誰もが欲しくないものばかりです。この場合、「ケチ」というのは、物質的に他人に与えないことばかりではありません。(あるいは、物質的には他人に多くを与えている人でも、エネルギーの次元ではとてもケチという人もいます)その人たちは、物、お金、愛、優しさなどあらゆる面において、自分がまず与えるよりも、他人からもらうのを待っています。そして、覚えておくべきことは、「取る」という発想から行動する人は、やはり「取る」という発想の人を引きつけますから、その人たちはお互いをどんどん貧しくしてしまいます。

 さらに、一生懸命働いているのにお金に縁のない人の場合、自己評価がとても低いということがあります。「自分は他人に評価されない」ことを不満に思っている人が多いのですが、よく自分の潜在意識を探ってみれば、まず自分が一番自分を評価していないことに気づくはずです。他人がもし評価しないとすれば、ほとんどの場合それは自己評価の反映です。また、自分が自分の価値を認めているとき、他人や社会が自分を認めるかどうかは、全然問題ではないのです。自己評価が低いことは具体的には、「私には豊かに持っているものが何もない」、「私はお金に縁がない」、「私のような人間はお金を持つに値しない」、「私には何の才能もない」、というような言葉として潜在意識に現れてきます。また中には、「自分がお金を持つと人に愛されなくなる」とか、「自分がお金を稼いで自立すると、家族や夫の愛を失ってしまう」という恐怖から、なるべく自分の才能や創造性を発揮しないようにしている人たちもいます。

(略)

確かに人間は、慣れ親しんだ考え方、仕事のやり方、生き方を変えることに抵抗を感じることが多いのですが、それは自分の考え方や生き方=自分の本質だと思うからです。前にも述べたように、それらは私たちが着る服のようなもので、自分の古い考え方や生き方がもう自分には合わないと思ったら、いつでも、いつからでも、変えていいのです。











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